⑯夢がなかった学生時代のこと~大人のやり直し英語~

学生の頃の私は、夢がありませんでした。

目標がまったくなかったわけではないけれど、

「これになりたい」

「これをしたい」と

胸を張って言えるものはありませんでした。

通っていた高校は進学校だったので、受験をしない、大学に行かない、そういう選択肢は、最初からない空気でした。

周りの友達たちが

「〇〇になりたい」

「東京に行きたい」

「〇〇大学に行きたい」

と目をきらきらさせて話しているのが

眩しすぎて、やる気のない自分に劣等感を抱いていました。

行きたい大学も、将来なりたいものも、何も決まっていなかったけれど、
大きな流れから一人だけ外れるのが、怖かったのだと思います。

だから、受験をしました。


大学生になってからも、

「これをやりたい」

という仕事はなく、かといって、働かないという選択も現実的ではなくて、

「働かないのはまずいだろうな」

という理由で、就職をしました。

今思えば、とても消極的な選び方だったと思います。

でも当時は、それが精一杯でした。


そんな私ですが、

「これだ」というものはなくても、小さなトライはいくつかしてきました。

たとえば、パソコン系の資格。

触れた方が便利そうだな、という理由で、ワープロ(古い)、CAD、システム系の勉強、情報系の資格も取りました。

英会話にも通っていました。

夢があったわけでも、それを仕事にしようと思っていたわけでもありません。

ただ、目の前にあった少しの興味を、一つずつやっていただけでした。

今になって振り返ると、

「ああ、あれは私の興味のある分野だったんだな」

と思います。

でも当時は、

それが「好き」だとは全く思っていませんでした。


それでも、どこかでずっと思っていたのは、

「何か一生懸命になれるものを見つけたい」

という気持ちだったように思います。

夢とか、目標とか、そういう言葉にするのは少し大げさだけれど、このまま何もないままなのは、
少し寂しいな、という感覚です。

最近は、

「夢がない人ほど、目の前のことを丁寧にやるといい」とか、

「少し好き、を追いかけていくと、後から線になる」

といった考え方を、本や文章でよく目にします。

たぶん、それは本当なのだと思います。

少なくとも私は、夢が先にあったわけではなく、手当たり次第にやってきたことの中から、
あとから意味を見つけました。


英語も、
最初から「これで生きていく」と思っていたわけでは全くありません。

ただ、

少し気になって、

少し続けて、

少しずつ深くなっていった。

気づいたら、それが今の自分につながっていました。

もし今、

「やりたいことが分からない」

「夢なんて特にない」

そう感じている方がいたら、

無理に見つけなくてもいいのかもしれません。

目の前にあることを、少しだけ丁寧にやってみる。

少しだけ、気になる方へ寄ってみる。

それだけでも、あとから振り返ったときに、

「ちゃんと歩いていたな」と思える道になることがある。

私は、そう感じています。


遠回りに見えても、無駄に見えても、その時の自分なりに、ちゃんと選んでいたのかもしれない。

英語も、人生も、急に答えが出なくても、続けていくうちに、少しずつ形になることがある。

わたしは、今は英語を教えることにワクワクしているので、他に何かやりたいということが思いつきませんが、気になったら臆せずにやってみようと思っています。

⑰英検1級を学び始めた、いちばん最初の頃のこと~大人のやり直し英語~